三菱ケミカル株式会社
【プロジェクトテーマ】
「一般工学知」と「ドメイン固有知」の分離・構造化による、習熟・運転支援ハイブリッドモデルの実証
- 三菱ケミカル株式会社
- デジタル統括本部 DX本部 DX推進部 スマートファクトリーグループ グループ長 手塚 理沙 様
- 広島事業所 化成品・基盤製造部 合成第二課 担当課長 谷元 浩一様
- デジタル統括本部 DX本部 DX推進部 スマートファクトリーグループ 笠井 一希 様
- デジタル統括本部 AI活用推進室 データサイエンティスト 島貫 雅也 様
01. 本プロジェクトのテーマ
製造データのAI-Ready化で、熟練者の知見をAIで未来へ繋ぐ
三菱ケミカルが挑むのは、国内拠点に蓄積された膨大な製造データをAI-Ready化し、熟練者の知見を次世代が活用できる組織の知へと変える、技術伝承の高度化です。
本プロジェクトでは、分断されていたデータ同士のつながりを整理し、AIが現場の文脈や事象の因果関係まで含めて、データ全体を横断的に理解・推論できるAI-Readyな基盤を整える取り組みを進めています。
さらに、同社が長年培ってきた高い技術力と安全教育の歴史をAIと掛け合わせ、膨大なデータの中から誰もが必要な知見へスムーズにアクセスできる環境の構築に挑みます。
目指すのは、ベテラン社員の膨大な知識や技能を資産として残すだけでなく、それらを関連するデータともつなぎ、質問に対してAIが状況に応じた回答や判断材料を提示する仕組みの実現です。これにより、現場の適切な意思決定を支え、経験差に左右されずに事故やリスクを未然に防げる体制を維持しながら、同社が守り抜いてきた技術と安全の歴史を次の時代へと力強く紡いでいきます。
02. 課題とその背景
「事故を知らない世代」へ安全を継ぐために。過去の知見活用と技術継承を阻む壁とは
化学品を扱う製造現場では、作業の順番を一つ間違えるだけで爆発や火災につながる可能性があり、現場では極めて厳格な安全管理が求められます。だからこそ、被害を未然に防ぐために同社は従来からベテラン社員の知見をもとにマニュアルやドキュメントを作成し、中堅がそれを噛み砕いて若手に教えるといった手厚い技術伝承を行ってきました。
しかし、現場で長年にわたり安全を守り抜いてきたからこそ、次世代の社員ほど大きなトラブルやリスクを実体験として知らずに育っています。10年後・20年後を見据え、「事故を知らない世代」がさらに次の世代へ技能や安全の考え方を引き継ぐことが出来る状態をつくることが求められています。
現在、その実現手段として期待されているのが、現場データを横断的に読み解き、利用者の問いや状況に応じた判断を支援できる可能性を持つAIの存在です。しかし、既存の現場データをAIに読み込ませて高度に活用しようとすると、そこにはいくつかの構造的な壁が立ちはだかっています。
例えば、長年蓄積されてきた日報や報告書、マニュアルなどの現場データは、熟練者間の暗黙の了解を前提に作成されています。そのため、因果関係や判断の背景といった「行間」が省略されており、AIが内容の論理構造を正しく読み解くことが困難です。
また、安全運用の中核をなす配管計装図(P&ID)をはじめ、図や写真などの非構造化データが各所に散在しており、従来の検索技術だけでは十分に活用できない状態にあります。
さらに、化学業界特有の表現に加え、企業や部署固有の用語、各拠点の製造現場で使われる方言なども存在します。従来手段では、こうした現場固有の言葉や文脈を正しく解釈することが難しく、知見の横断的な活用を阻む要因となっています。
03. 解決策と目指す姿
複雑な現場データを、次世代へ継承できる知識基盤へ
今回のプロジェクトでは、この難局を打破するために、以下のアプローチで変革を加速させます。
製造データの構造化
取り組みの土台として、まずは従来「人が見ること」を前提に管理されていた現場の各種技術資料に対し、単一のテキスト化や画像解析にとどまらず、AIが正しく理解・処理できるデータ構造へと再定義・変換します。これにより、製造プロセス全体の膨大な製造データをAI-Readyな状態へと引き上げていきます。
データ間の接続と「行間」の補完
ストックマークのナレッジグラフ技術を活用し、業界や組織独自の表現などを辞書化することでAIに正しく認識させます。ドキュメントの背景にある文脈や因果関係を正確に補完・解析することで、部署ごとにフォーマットが異なる技術文書を横断して検索できる環境を整備します。
段階的な実装と展開モデルの確立
まずは同社の広島事業所を起点に、製造現場のデータをAIが理解・活用できる形へ整えるための知見やノウハウを蓄積します。また、実際の使用感やフィードバックをもとに精度を高め、そこで確立したノウハウを国内の他拠点や海外プラントへ横展開できる汎用基盤へと育てていきます。
04. 担当者様のコメント
「当社には、これまでのデータや次世代のために残されたドキュメントが豊富に存在しますが、そこには現場ならではの専門用語が多く、まだ文章化されていない暗黙知も数多く残されています。現場で最も頼りになり、困ったときにいつでも相談に乗ってくれる『職長』をはじめとするベテラン社員の知識や技能を整理し、若い世代がいつでも簡単に情報を引き出せる環境をつくる。それが、このプロジェクトの原点です。
これまで先輩方が徹底して安全を守り抜いてきてくれたからこそ、今の若手は幸いにも大きなトラブルや危険を肌で知らずに済んでいます。しかし10年後、リスクを体感したことがない世代だけで現場を動かしていくとき、過去と同じ失敗を繰り返してしまうことだけは絶対に防がなければなりません。
現場が守ってきた知識と危機への備えをAIでさらに進化させ、経験のない若手でも安全に業務を実行できる環境を整える。この取り組みを第一歩として、現場の業務を支えるデータのAI-Ready化と、次の世代へ確実な技術伝承を行っていきたいと考えています」

※記事内容および、ご所属等は取材当時のものです。